【民法改正】相続放棄をした後の土地・空き家の管理義務
民法改正により相続放棄後の管理義務のルールが変わります
令和3年4月21日に民法の改正案が国会で成立しました。これにより令和5年4月1日から相続放棄をした人の管理義務に関するルールが変わります。
今回は、新しく作られた改正後民法で相続放棄の管理義務のルールがどのように変わるか解説します。
民法改正の背景は所有者不明土地問題
今般の民法改正の大きな契機となったのが、最近話題になっている所有者不明土地問題です。全国の所有者不明土地を合わせると九州本土の面積以上と言われているこの問題について現在、国を挙げて解決に取り組んでいます。
したがって、今回の民法改正による相続放棄の管理義務に関する変更は、主として土地や家(空き家)に焦点を当てたものになります。
借金などが多い場合に相続放棄を検討するわけですが、次項からの説明は借金以外にもいらない土地や空き家があるケースを想定しています。
相続放棄をする順番の基礎知識
次のような家族構成だった場合に、相続人全員が相続放棄をする際の順番を簡単にご説明します。
(1)第一順位の相続人
亡くなった方(被相続人)の配偶者や子供から相続放棄をすることになります。これらの相続人を第一順位の相続人と呼びます。
(2)第二順位の相続人
次に被相続人の両親が相続放棄をすることになります。これらの相続人を第二順位の相続人と呼びます。もし両親が被相続人よりも先に亡くなっていた場合は、第二順位の相続人はいないことになるので次項の第三順位の相続人が相続放棄をすることになります。
(3)第三順位の相続人
次に被相続人の兄弟姉妹が相続放棄をすることになります。これらの相続人を第三順位の相続人と呼びます。もし兄弟姉妹が被相続人よりも先に亡くなっていた場合は、その子供である甥・姪が相続放棄をすることになります。
改正後の民法によって変わること
改正前民法(旧法)と改正後民法(改正法)の条文比較
旧法では相続放棄後の管理義務についての発生要件や義務の内容があいまいだったため、改正法では下記のように明確化されました。特に(1)が重要です。
【旧法940条】
(相続の放棄をした者による管理) 第九百四十条 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。 2 省略 |
【改正法940条】
(相続の放棄をした者による管理) 第九百四十条 相続の放棄をした者は、(1)その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、(2)相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、(3)その財産を保存しなければならない。 2 省略 |
(1)その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき
旧法で負担が大きかった管理義務
(1)は改正法の条文の中で最も実務に影響を与える部分だと思います。そこで改正法の前に、まず旧法での管理義務がどうだったのかについて解説します。
旧法では相続放棄をした後も、自分が管理・把握していない土地や家についても管理義務がありました。
例えば、親が所有していた田舎の山林や原野を子が相続放棄した場合や、地方から上京した子が実家を相続放棄した場合などでも管理を続ける必要がありました。
つまり、次順位の相続人がいるときはその相続人に引き継ぐまで、自分が第三順位で最後の相続人のときは相続財産管理人が選任されるまで管理を続けなさいということです。
次順位の相続人がいるときは相続放棄をした旨をその相続人に通知すればいいわけですが(※ただし責任の押し付けに近いので、実務上は可能ならば相続放棄前に連絡をした方が良い)、問題は自分が最後の相続人のときです。
旧法で最後の相続人になってしまったとき
この場合は次順位の相続人がいませんので、自分で相続財産管理人の申立てをすることになります。この手続きが終われば管理義務から解放されることになります。
ここで問題なのが申立てをするには裁判所に予納金を納める必要があるということです。金額はケースバイケースですが、数十万円~100万円くらいが相場のようです。
この予納金は申立て人が納める必要があります。相続財産管理人の選任後にその管理人が土地などを売却し現金化するわけですが、もともと相続放棄するような土地なので買い手が誰もいなかったり、売れてもたいした金額にならない可能性が高いでしょう。その場合、予納金はほとんど自己負担になってしまいます。
相続財産を引き継ぎたくないから相続放棄をしたのに田舎の山林や原野、遠方の空き家を管理するためにお金なんて払いたくないですよね。
では、相続財産管理人の申立てをしない場合どうなるかというと、引き継いでくれる人が現れるまで自分でその山林や原野、空き家などを管理しなければなりません。具体的には土地であれば除草や伐採をし、家であれば掃除や補修をすることになります。
通常は引き継いでくれる人なんて現れませんので、相続放棄をしたにも関わらず管理義務がずっと続くわけです。かなり負担が大きいことが分かると思います。
【(旧法)ここまでのまとめ】
・最後の相続人は相続財産管理人の申立てをするか、引き継ぐ人が現れるまで管理義務がある ・相続財産管理人の申立ての際には予納金を納めなければならない ・相続財産管理人の申立てをしない場合は自分で補修等をしなければならない |
改正法で変わったこと
前述のように旧法では自分の知らない、住んでない土地や家にまで管理義務が及びました。それでは相続人の負担が大きすぎるということで管理義務の発生要件については「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」に限定されました。
言い換えると相続放棄のときに占有していない(=住んでいない)土地や家については管理義務を負わなくても良いことになり、責任が軽減されました。田舎の土地や空き家からは解放されます。
なお、亡くなった親の家に同居していたときなどは「現に占有している」ことになりますので、この場合は相続放棄後に引っ越したとしても管理する義務があります。
(2)相続人又は相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間
(1)において、相続人全員が相続放棄をしたときは相続財産管理人の申立てをする、とご説明しました。ただこれは相続財産管理人の本来の申立て事由である「相続人の存在が明らかでないとき」を拡大解釈したものになります。
近年、法務省で取り組んでいる「条文の見える化」という影響もあってか、旧法では不明確だった相続人全員が相続放棄をしたときの管理責任を「相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間」というように義務の終期を明確化しました。
なお「相続財産清算人=相続財産管理人」です。名称が変わっただけで、役目は同じです。
(3)その財産を保存しなければならない
旧法では「その財産の管理を継続しなければならない」と明記していました。「管理」と「保存」、どこが違うのでしょうか。この点について法制審議会民法・不動産登記法部会の資料に次のような記載があります。
「保存すれば足りる」という義務の内容について、積極的な保存行為をしなければならないのかとの指摘があったが、見直し後の民法第940条第2項の義務は、相続放棄によって相続人となった者を含む他の相続人のために必要最小限の義務を負わせるものとする観点から、財産を滅失させ、又は損傷する行為をしてはならないことのみを意味している。 なお、この義務の相手方は、現行の民法第940条第1項と同様に、他の相続人も含む相続人(又は相続財産法人)であると解される。(法制審議会民法・不動産登記法部会資料45、P5)
これによると積極的な保存行為、例えば空き家の補強工事のようなことはする必要がなく、必要最小限の保存行為のみ行えばよいということになります。
何が必要最小限かは現時点では明らかではありませんが、相続放棄した土地や家をお金をかけてまで管理することは求めていないことは確かです。改正法が施行され実例を積み重ねていくうちに、ある程度のルールが決まるものと思われます。
また、引用文の行末に「保存義務の相手方は他の相続人と相続財産管理人と解される」と記されています。つまり、市区町村や近隣住民などの第三者には義務を負わないということになります。
どういうことかというと、例えば市区町村からの管理しなさいという指導や、近隣住民からのクレームに応じる責任はないということです。
これについては見解が分かれていて定説はありません。どうやら国の見解としては第三者には義務を負わないという立場のようです。ただ実際には近隣住民の方に迷惑をかけないようにしなければなりませんし、前述の保存行為の内容と同様これから徐々にルールが決まっていくことになるでしょう。
おわりに~本コラムを書いたきっかけ~
今回のコラムで改正法の中でもいわゆるマイナー部分を解説した理由として、私が実務において全員が相続放棄をした後についての相談を受けたことが背景にあります。先順位の相続人が相続放棄をしたために相続人となった被相続人の妹からの相談でした。
被相続人に貯金などの現預金はあまり無く、その他の財産は山林や原野だけであり、かつ東北地方の田舎にあったため、相続人全員で相続放棄をして手放すことになったそうです。
ここで問題となったのが、他の相続人は東京や神奈川などに移住していましたが、相談者だけはその土地の目と鼻の先に住んでいたことです。
前項で相続放棄をした後の義務は相続財産管理人に対しては負うが、第三者に対しては負わないと述べましたが、相談者はその土地の近隣に住んでおり、これからも近所付き合いを続けなければいけない立場です。
そのような状況下で「相続放棄をしたから近隣住民(第三者)に対して責任は負いません」と言えないのは火を見るよりも明らかです。実際、相談者は兄の持ち物であるその土地を近隣住民の迷惑にならないよう今までずっと管理していたそうです。
このようなケースで相続放棄をしても相談者の負担は変わりそうにありません。むしろ相続放棄をしない方がいいのではないかとも考えました。
最終的には、第一順位である被相続人の配偶者や子供たちが費用を負担し相続財産管理人の申立てを行うことで決着がつきましたが、申立てをしなかった場合の適切な解決方法は今でも思いつきません。
改正法では「相続財産に属する財産を現に占有しているとき」という発生要件が追加されましたが、このようなケースではなかなか扱いが難しいかもしれません。
やはり「法律は完璧ではない」ということでしょう。